[韓国市民社会の動向]


6月2日韓国の統一地方選挙について(1)


 6月2日、韓国では統一地方選挙が行われました。
今年は、4年に一度の韓国の統一地方選挙の年で、広域(ソウルなど7大都市と 9道)と基礎(全国230の自治区、市、郡)の首長と議員の選挙が一斉に実施されました。

 今回行われた韓国の統一地方選挙について、その動向を2回に分けて説明したいと思います。




1.今回の争点だったのは

 韓国の地方選挙は、韓国では全国同時地方選挙と呼ばれ、広域(ソウルなど7大都市と9道)と基礎(全国230の自治区、市、郡)の首長と議員が一斉に実施される文字通りの統一選挙でした。
 選挙投票日の6月2日、有権者(19歳以上の男女。永住権を得て3年以上経った外国人1万1680人も含まれる)は、広域と基礎それぞれの団体長、議会議員、比例代表の各3票、さらに今回はこれに加え、市・道の教育委員会の教育監と教育議員の2票と、実に8つの票を1日で投じることになりました*。

 選挙の前、韓国は与党のハンナラ党と、野党の民主党の二大政党が大きな勢力となっていましたが、基礎議会選挙でも2006年の統一選挙以来政党公認が導入され、韓国の地方選挙は中央政治と直結した政党選挙としての色彩をますます強めています。
 3月の予備候補者**登録、さらに5月18~19日の候補者登録を経て公式の選挙戦に突入するのは5月20日からでしたが、3月からすでに選挙戦は各地で熱を帯びていました。

 済州道では、かつてセクハラで起訴された経歴をもつ禹瑾敏(ウ・グンミン)元知事を民主党が復党させ知事候補として擁立しようとしましたが、これに市民団体の反発が強まり、すでに民主党の予備候補登録をしていた、元ハンギョレ新聞社長の高喜範(コ・ヒボム)候補が抗議の断食闘争を繰り広げるという騒ぎとなりました。

 金文洙(キム・ムンス)ハンナラ党知事の再選が有力視されている京畿道では、盧武鉉の懐刀と言われ、1月、新たに国民参与党を結党した柳時敏(ユ・シミン)元保健福祉部長官が出馬を表明し、野党候補の一本化をめぐって民主党との論戦が続きました。

 いうまでもなく、李明博政権の中間評価の意味合をもち、市民社会の自律的な営みを白眼視するような最近の政策基調を逆転させるうえでも重要な選挙でした。ひいては、韓国の住民自治や市民社会の成熟度を占ううえでも一つの試金石となる選挙でもありました。

*教育監と教育議員の公選は、教育自治を掲げる盧武鉉政権下で2006年に導入されたが、教育議員については今回の一度限りで廃止が決まっている。
**現役候補との不平等を是正するために、公式選挙戦の開始前に予備登録した新人候補に限られた範囲での選挙運動を許す制度で2004年の法改正によって導入された。

※大韓民国の地方行政区画、前回06年の全国同時地方選挙の結果についてはwikipediaの記述も、参考にして下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/大韓民国の地方行政区画
http://ja.wikipedia.org/wiki/第4回全国同時地方選挙 (韓国)





2.制度について


 軍事政権の下で久しく停止されていた韓国の地方自治が復活するのは、87年の民主化以後に実現した地方自治法の全面改正(88年)によるものです。この新しい地方自治法に基づいて91年、30年ぶりに地方議会選挙が、そして95年には首長選挙と議会選挙が同時に実施されました。その後、首長・議会の全国同時選挙が、98年、2002年、2006年と実施され、今回は5回目を数えることになりました。

 こうして復活した韓国の地方自治は、広域・基礎の二層構造、首長・議会の二元対立型、地方税収の貧弱さと地方交付税制度など日本の地方自治と多くの点で類似しています。日本の都道府県にあたる広域自治体は、ソウル特別市と釜山、仁川、光州、大田、大邱、蔚山6つの広域市、さらに一千万人をこえる人口をもつ京畿道から50万人余りの済州道までの9つの道からなります。



添付画像


 広域市は地図で示したように道の中に位置しますが、道とまったく同格の独立した広域自治体を構成している点、日本の政令市とは異なっています。下表のように広域自治体のもとには、自治区、市、郡からなる基礎自治体がおかれていますが、済州道についてだけは2006年の法改正によって外交・軍事・司法を除く分野で広範囲の自治権が付与される特別自治道となって基礎自治体のない一元構造となっています。


  韓国の地方自治団体(カッコ内は団体数)
 

添付画像


 地方自治が復活したとはいえ、中央集権の伝統の根強い韓国で地方自治体は中央の出先機関としての性格を色濃く残していました。しかし、2000年代、とりわけ国家均衡発展を掲げる盧武鉉政権(2003~07年)が地方財政改革や機関委任事務の地方への移転、無償であった地方議員の有給化など地方分権改革をすすめました。さらに、これまで中央突破型の異議申し立てやオルタナティブの提起に止まりがちであった韓国の市民運動団体も、各地で草の根の地域づくりに取り組み始め、市民・住民運動出身の地方議員も数多く生まれました。
 
 ところが、皮肉にも盧武鉉政権の分権改革の真価が問われた前回(2006年)の統一地方選挙では、進歩派の与党勢力は、民主党とウリ党への党の分裂も祟って歴史的ともいえる惨敗*を喫しました。進歩派や市民派勢力への逆風は、その後の大統領選挙(2007年)や国会議員選挙(2008年)でもつづいていて、そうした流れを逆転させることが出来るのかどうかが、今回の統一地方選挙の一つの見所だといえます。


*保守野党のハンナラ党が広域首長16人のうち12人、基礎首長230人のうち155人、広域議員655人のうちの519人、基礎議員2888人のうちの1623人を当選させています





3.選挙直前の様子


 ハンナラ、民主など与野の各党は、4月~5月にかけての党内調整や政党間の交渉、あるいは予備選挙を通して公認候補を確定し、5月20日を期して正式の選挙戦に突入しました。
 
 ところが、まさにその20日、海軍哨戒艇が沈没して46人もの犠牲者を出した惨事の原因を調査していた軍民合同調査団が、「北朝鮮軍の仕業以外にはありえない」との調査結果を発表しました。これに対して野党や市民運動団体は、南北関係の緊張(北風)を煽って選挙を有利に運ぼうとする「常套手段」だと一斉に反発しました。選挙の前、野党や市民団体の調査結果自体についての評価は、おおむね、「いちおう尊重せざるをえない」(『京郷新聞』5月20日社説)が、「この程度の証拠で北の仕業と断定することはできない」(『ハンギョレ』5月20日社説)ということ、さらに調査経緯や資料の公開や国政監査の要求に加えて、民主党は、哨戒艦への攻撃を許した安保体制の綻びや李明博政権の責任を集中的に攻撃しました。

 哨戒艦事件をめぐって深まる南北関係や国政レベルの対決が否応なしに選挙の動向を支配するなかで、有権者の関心もソウル、仁川、京畿道などのマンモス選挙区の首長選挙に注がれました。ソウルでは、呉世勳(オ・セフン)現ソウル市長(ハンナラ党)に対して、収賄容疑の公判で無罪の一審判決を得た韓明淑(ハン・ミョンスク)元国務総理が民主党の予備選挙で勝ち民主党候補として確定しました。両者の対決については、2012年大統領選挙の前哨戦となるとの見方さえありました。ソウルを超える人口を抱える京畿道では、上記で紹介した柳時敏(ユ・シミン)候補が、民主・国民参与両党の統一候補となり、現役の金文洙(キンムンス)候補に挑みました。

 さらに野党候補統一(汎野圏単一候補)が実現した仁川の宋永吉(ソン・ヨンギル)野党候補対ハンナラ党・安相洙(アン・サンス)候補、慶尚南道の金斗官(キム・ドゥグァン)野党候補対李達坤(イ・ダルゴン)ハンナラ党候補の対決も注目されました。

 各地の市民運動団体も、早くから選挙に向けて活発に取り組みました。

 3月23日、参与連帯や環境運動連合など韓国を代表する全国の340余り市民運動団体によって「2010有権者希望連帯」(希望連帯)が結成されました。「民主主義の正常化」「地方自治革新」「住民生活の質の向上」を活動目標に、朴元淳希望製作所常任理事も11人の共同代表の一人に名を連ねていました。希望連帯は、5月2日、ソウルを初め40カ所余りで、「コーヒー党Coffee Party」の創党式を開きました。「コーヒー党」とは、10人ほどの有権者が集まってコーヒーを飲みながら選挙について自由に議論する集いで米国での取り組みに習ったものです。ソウルの創党式では、「熟慮する有権者の愉快な政治おしゃべり」というスローガンのもとになど100人余りが集まりました。

 一方、5月23日は盧武鉉前大統領逝去一周忌で、野党や市民団体は、盧武鉉前大統領の故郷(慶尚南道金海)を初め各地で追悼集会を開きました。ソウル市庁前広場には5万人の市民が集結し、アン・チファンを始めとした歌手や文化人が集まって追悼集会を行っている釜山と中継で結ばれ、盧武鉉前大統領の死を悼むとともに、民主主義を守っていこうという意思を共有する場になりました。

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 ソウル市庁前広場では「投票が権力にうち勝つ」というスローガンのもと、「韓半島平和のための10日間行動」が宣言されました。KBSでの演説会を終えて会場に駆けつけた韓明淑元国務総理は、演説したのち、徹夜の座り込みに入るとの決意を表明しました。

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 そして、集会の最後の演説に登場した朴元淳常任理事は、時代の逆行を憂いながらも「失望と批判を越えて、肯定と実践の広場進み出よう」と強く聴衆に訴えました。

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 こうした盧武鉉追悼に発する進歩勢力への追い風、つまり盧風(ノプン)が哨戒艦事件に発する北風を圧倒できるのかということも今回の選挙の注目になりました。





選挙の結果については、
http://japan.makehope.org/owner/entry/edit/138





Posted by ミネ

2010/07/19 01:54 2010/07/19 01:54

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