[レポート]
姜乃榮研究員による報告会
「地域と地域から紡いでいく日韓交流 」
- 日本での経験をふまえて-
「地域と地域から紡いでいく日韓交流 」
- 日本での経験をふまえて-
2月22日、姜乃榮(カン・ネヨン)研究員の「地域と地域から紡いでいく日韓交流―日本での経験をふまえて」という報告会があり、30名近くの方が参加して下さいました。
姜研究員は、2004年に来日して日本希望製作所の設立に参画して以来、数多くの視察を担当してきました。その経験をふまえて、視察のときには、お互いにいいとところも悪いところも見せあって交流を深めていくことの重要性、言語や文化を越えて交流するときには、言語のみならず、文化や考え方の違いをふまえて調整できるコーディネーターの役割の重要性などについて報告しました。懇親会にも多くの方が残って下さり、一言一言温かいことばをかけて下さいました。改めてお礼を申し上げます。
今後は、日本と韓国を往復しながら、日韓のかけ橋となるべく活動してまいりますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
当日の講演内容を、古くからの友人でもある小田切督剛さんが寄稿して下さいました。
姜研究員は、2004年に来日して日本希望製作所の設立に参画して以来、数多くの視察を担当してきました。その経験をふまえて、視察のときには、お互いにいいとところも悪いところも見せあって交流を深めていくことの重要性、言語や文化を越えて交流するときには、言語のみならず、文化や考え方の違いをふまえて調整できるコーディネーターの役割の重要性などについて報告しました。懇親会にも多くの方が残って下さり、一言一言温かいことばをかけて下さいました。改めてお礼を申し上げます。
今後は、日本と韓国を往復しながら、日韓のかけ橋となるべく活動してまいりますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
当日の講演内容を、古くからの友人でもある小田切督剛さんが寄稿して下さいました。
◆ 姜乃榮研究員の報告 ◆
「地域と地域から紡いでいく日韓交流―日本での経験をふまえて」
2月22日は「ふーふーふー」で、おでんの日。韓国にも「おでん」があるが、日本とは違い、韓国では魚の身で作った部分だけを指す。要は韓国では「おでん」は「かまぼこ」を指す。同じ言葉なのに意味が違う。しかも完全に違うのでなく微妙な違い。全く違う言葉、概念なら人は一から理解しようとするが、似た言葉、概念だと、自分の思い込みもあり、逆に理解は難しくなる。日韓の交流に取り組んできて、日韓は似ているからこそ相互理解が難しい部分があり、お互いを少しでも知る人が間に入り、こうした微妙な違いを調整するとうまく交流できると感じている。

<報告会には遠くからも来て下さいました>
大学を卒業しドキュメンタリーを作ろうとして最初に入ったのが、ソウルの冠岳(カナック)区で、ソウルの中で一番規模の大きい再開発地域、つまり貧困層密集地域だった。再開発により住民がみな追い出されるという状況の中で、ドキュメンタリーを作ろうと地域に入った。一緒に地域に住みながら知らなかった事情を聴き、地域の問題に興味を持つことになった。あそこでドキュメンタリーを作らなかったら、私はここにいない。地域より大きな社会運動で主張していっただろう。活動の原動力になっているのは、あそこで付き合った人たちの愛情。特におばさんたちがご飯やおかずを作って「カンさん、これ食べて」と持ってきてくれた。このご飯が現在の私の力にもなっている。とにかくドキュメンタリーが人生の転換期となった。
その流れの中で冠岳住民連帯に入り、いろいろなまちづくり活動に関わることになる。ドキュメンタリーと別に、またもう一つのきっかけは1997年のIMF危機で、日雇い労働者の多い地域の知り合いのほとんどが職業を失う状況に追い込まれた。家庭が崩壊する者もいた。なんとかその人たちにできることはないかと冠岳住民連帯に入り、相談センターや職の斡旋などについて地域で活動した。そこで気づいたのは「やはり人が大事」ということだった。人がいないと活動もできない。だから希望製作所の「希望を製作する」というのは人づくりだと考えてきた。
日本希望製作所の設立時からの活動の中で、いろいろな視察や研修を主に担当して、いろんな人に出会った。日本のいろんな地域の方にも会うことになった。
視察を担当していて、最初は「何を見せるか」ということばかり考えていた。しかし、良い事例をたくさん見たら、その場ではいいかもしれないが、結局戻って時間がたったら忘れてしまう。何がいい視察なのかを考えるようになった。いい事例なら、韓国にも結構いっぱいあるのだから、いっぱい先進事例を見せるよりも、韓国からの訪問者にも、日本の受け入れ側にもお互いに刺激になることが大切ではないかと考えるようになった。
特に印象に残っているのが、韓国の幸福ナヌム財団の視察だ。SKテレコムという大きな通信会社が作った財団で、欠食児童などへのお弁当提供事業を行っている。訪問団が2008年に初めて来て、2009年も同じようなプログラムで実施した。
参加者は、低所得者層にお弁当を作るおばさんたちで、一生で初めての海外旅行の人も少なくない。参加者が何を求めているのかを考えた時、「本当に自分の活動が良い方向なのかを確認したい」のだと気付いた。
そこで、せっかく日本に来たのだから都会の観光もしたいかもしれないが、いきなり田舎に入ってもらった。地方都市で、同様の活動をしている日本のおばさんたちと触れ合うことで、自分の人生を「自分だけ苦労しているわけではないんだ」と気付いてもらった。「日本は先進国でいいものばかり」だと思っていたけれど、自分より資源的に豊かでないところで住んでいる人と出会う。
幸福ナヌム財団の訪問で群馬県に行ったが、農家民宿をやったことのない地域だった。最初、言葉ができないことなど、地域側は不安だった。それでも、「困ったら連絡ください」と言って受け入れをお願いした。すると、おばさんたちはボディランゲージ、特に眼だけでコミュニケーションし、一緒に民泊しながら食事を作ったり、お客さんでなく家族のように付き合った。仲良くなって、別れの時は双方とも泣いている。交流は言葉ではない。一緒に寝たり食事したりすることに意味があった。
研修でいつも考えているのは、「感動がある視察、研修」ということ。3泊4日全体が一つとして動けるプログラムが感動となるかだ。参加者や受入側には、急に近付くのは礼儀がないと考えたり、距離をとりたい人もいるかもしれない。しかし、やはり家族づきあいのようにすることで生まれる満足感がある。先の事例も、良い面も悪い面もお互いに見せることで、深いつながりが生まれたのだと思う。
2007年度から視察を担当した中で、韓国はトピックスの変化が速く、毎年特定の分野に集中する傾向があった。2007年度はまちづくり、2008年度になるとコミュニティ・ビジネス。日本のコミュニティ・ビジネスを韓国に最初に紹介したのも日本希望製作所だった。韓国の地域の破綻・疲弊をなんとか突破しようと社会的企業の話もあって、コミュニティ・ビジネスがテーマになった。2009年度は環境問題、グリーン・ニューディールなどがテーマとなった。また、最初、韓国から日本の視察から始まったが、社会的企業というテーマでは日本から韓国が注目された。社会的企業を突破口に、日本から韓国への訪問も広がっていくのではないだろうか。
地域には環境、福祉、住民自治、まちづくりなどいろいろな問題がある。総合的に見ないと地域の問題を解決するのは難しい。視察の分野はいろいろあったが、個別ではなく、横断的に、立体的に集め、地域同士の交流を起すことができないかと考えている。様々な地域にある問題を「日本の問題を韓国からどう見えるか」「逆はどうか」と総合的に考える交流も必要だと思う。1991年から市民レベルで交流の始まった韓国・富川市と川崎市はけっこう活発で先進的にやっているが、分野は未だ限定的のようだ。もっと総合的な交流ができたらと思う。
視察の参加者は、始めた頃は男性40~50代が多かったが、女性、若者、高齢者など年齢層が広がってきた。コミュニティ・ビジネスも同じだが、いろいろな階層が活発に活動していく傾向が、視察の参加者からも見える。公務員は「すぐ自分が使えるものを見せてほしい」と即答を要求する。しかし日本の成功事例を見せて自分の地域でそれをやっても、全然合わなかったりする。でも、首長が要求するため公務員としては見せなければならないと言う人もいた。もっと現場レベルでの交流が広がってほしいと思う。
例えば、韓国で「まちづくり」という言葉は日本から紹介された概念。最初、建築の立場からの紹介だったので、都市計画がまちづくりだと広がっている。しかし、日本の市民社会の現場で取り組むまちづくりは、「住民が自分たちでまちをつくっていくことだ」と韓国に伝えてきた。ただ、日本も、まちづくりでハード中心のものになっているところもある。日韓が交流することで、「これがまちづくりだ」と力強く伝えていきたい。
今回、いったん韓国に戻るが、高崎経済大学の博士課程に属するので、時々、日本には訪問するので、一時帰国のようになる。韓国に戻って、正規職としていくつかの団体から来てほしいという話はあったが、少しずつ関わることにしている。貧困問題研究所研究員、草の根自治研究所客員研究員(トヨタ財団のプロジェクトをしている)。妻が完州(ワンジュ)郡に創設されるコミュニティ・ビジネスセンターの責任者になる。私はソウルなので離散家族になる。博士論文も書かねばならないので、できればワンジュ郡の事例も研究したい。特定の所属がない、フリーという立場でやっていこうと考えている。
日本希望製作所との縁は続けていきたい。特派員のような立場で、韓国の市民社会の動向を日本に紹介することが中心になると思う。メルマガに定期的に流すなどして続けていきたい。日本から視察が来る時には、ぜひ案内をさせていただきたい。
これからも、よろしくお願いします。

<林理事長から記念品が手渡されました(ちなみに記念品はデジタルフォトフレームです)>
Posted by ミネ

